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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)869号 判決

判   決

大阪市天王寺区真法院町六八番地

控訴人

滝口合名会社

右代表者代表社員

滝口万太郎

大阪市北区旅籠町三八番地

被控訴人

藤井清介

右訴訟代理人弁護士

宮原進

右当事者間の頭書事件につき当裁判所は次の通り判決する。

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文と同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

被控訴人が請求原因として主張するところは原判決事実摘示の通りであるから、それをここに引用する。

控訴人は「被控訴人主張の約束手形を振出したことは認めるが、その他の事実は否認する。右手形は日宝商事株式会社に金融を得させるため貸与したのであるが、被控訴人は同会社の依頼を受け右手形の割引方を申入れた先川宅郎に対し、その意思がないのに、割引に応じるから一応預けられたい旨申向け、同人をして、割引を受けるものと誤信させて、預り名下に交付せしめてこれを騙取したものである。仮にそうでないとしても、控訴人と日宝商事株式会社間には右手形を満期に同会社において支払し、控訴人にはその支払の責任を負わさない旨の特約があつたが、被控訴人はその事実を知りながら右手形を取得した」と述べ、被控訴人の同手形の取得原因についての主張事実中先川宅郎が被控訴人に対して五万円の借用債務を負担していたことはあるが、その他の事実は否認すると述べ、尚「右五万円の債務は先川が昭和三三年六月初旬大阪北(三四)局〇七二九番の電話加入権を七万円で被控訴人から買受け、内払金二万円を差引いた残代金債務を準消費貸借に改めたのを云うのであるが、同人はそれより前同年五月下旬被控訴人から別に九万円を借用し、前者の準消費貸借の債務については右買受電話加入権を、後者九万円の債務については大阪天下茶屋(六五)局〇七二八番の電話加入権をそれぞれ売渡担保に提供したところ、右合計一四万円の債務に対してはその後合計一一万円の高利を収得しながら、昭和三四年六月頃右電話加入権を他に売却して売得金を叙上債務の弁済に充当したが、その売得金は右電話加入権の時価すなわち〇七二九番の七万円、〇七二八番の一五万円を下らなかつたから、被担保債務元利金は完済されており、同債務の担保のために裏書譲渡された本件手形上の権利は当然に先川宅郎に復帰しているから、同手形は同人に返還すべき手残手形に過ぎず、被控訴人は控訴人に対してもその手形金の請求権はない。仮にそうでないとしても、担保権行使の限度は債権額の範囲内に限られるから債権額五万円を越える本訴は失当である」と述べ、

被控訴人は控訴人の抗弁事実を否認し、「本件手形は被控訴人の先川宅郎に対する五万円の債権確保のために同人の二男柏尾俊介が代表者である日宝商事株式会社から裏書譲渡を受けたものであり、先川の本件手形は同会社の控訴会社へ売渡した商品代金一〇〇万円の支払方法として受取つた手形中の一通であるとの説明を信じて善意に取得したものである」と述べ、先川宅郎の被控訴人に対する債務は消滅したとの控訴人の主張事実を否認し、「仮にそうでないとしても、被控訴人と先川間の貸借関係はあくまでも同人等間の相対関係にとどまり、被控訴人の控訴人に対する本件手形上の権利行使には何の消長も来さない」と述べた。

立証(省略)

理由

控訴人が本件手形(甲第一号証)を振出したことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証と被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人が受取人日宝商事株式会社の裏書譲渡により右手形を取得し、昭和三三年八月七日これを支払場所に呈示して支払を求めたが不渡となつたことを認めうる。控訴人は本件手形は先川宅郎が被控訴人に詐かれて割引を受けるために被控訴人に預けたものであると主張するが、この主張に副う(中略)は後掲証拠に照して真実を伝えるものとは受取り難く、他にこれを認めて、前段認定を覆すに足る確証はない。反つて、(証拠―省略)を総合して考察すれば、先川宅郎は被控訴人に対し当事者間に争のない五万円の債務の他に控訴人主張の九万円の借用債務を負担し、その主張の各電話の加入権を売渡担保に供し、一ケ月後の弁済期に月九分の割合の利息を支払わないときは(利息さえ支払えば弁済期は一ケ月宛延期される)これを被控訴人において他に処分し売得金を元利金の弁済に充当しうる旨を約して、その加入名義を被控訴人の息子名義に変更しておいたところ、昭和三三年七月三日右債務の利息等二九、一八〇円の支払ができなかつたため、右担保の電話加入権が処分されそうになつたので、同人が代表者である日満鉱業株式会社の同額の小切手を被控訴人に振出し交付すると同時に、更に同人の二男柏尾俊介が名目上の代表者で自分がその実権を握る日宝商事株式会社から、被控訴人主張の五万円の債務と前記九万円の債務との元利金支払確保のため、予め控訴人から振出を受けていた本件手形に裏書をして差入れ、電話加入権の処分を免れたものであることが認められる。控訴人は先川との間の控訴人には右手形上の支払の責任を負わさないとの特約を知りながら被控訴人がそれを取得したと主張するが、そのような事実を認めるに足る証拠はなく、反つて(証拠―省略)によれば、先川宅郎は控訴会社から、本件手形を含む三通その金額合計一〇〇万円の約束手形を、他から割引を受けた上で一部手取金から融通を受ける約定の下に振出を受け(振出日、受取人欄白地)ていたのであるが、日宝商事株式会社を代理して振出日を叙上のように又受取人欄に同会社名を各補充して本件手形に裏書し、前認定のように、被控訴人に譲渡するにあたり、この手形は同会社が控訴会社に売渡した鉱石代金一〇〇万円の支払方法として受取つた約束手形三通中の一枚であると説明し、被控訴人はそれを信じて取得したものであることが認められるから、右抗弁も採用できない。

次に控訴人の被担保債権弁済の抗弁につき審案するのに、(証拠―省略)を総合して考究すれば、前記九万円の債務は昭和三三年五月二六日に又同五万円の債務は同年六月四日に成立したものであるが、その弁済期は利息支払のために差入れた小切手を書替える等の手段によつて合意上延期されて来たが、遅くとも控訴人主張の昭和三四年六月までには利息の支払がないとの理由で、叙上約旨に従い、前示電話加入権中〇七二九番は六五、〇〇〇円で、同〇七二八番は一一万円で、他に売却処分され、電話器は各その架設場所から撤去され、その売得金を被担保債権の元利金の弁済に充当されて完済となつた(控訴人は右債務につき利息金一一万円を支払つたと主張するが当裁判所の信用しない前記両証人の証言を除いてはそれを認めるに足る証拠はないが、被控訴人が一方的に利息制限法所定利率を越えた前記約定利率によつて計算した利息の支払に右売得金を充当してもその超過部分の充当は無効であるから、右約定利率中利息制限法所定最高利率年二割の割合によつて右債務一四万円に対する利息を計算する以上、その成立した前掲各日から右電話加入権の処分による弁済充当の日までの利息と元金の支払に充てても右売得金は不足しないこと算数上明かである。もつとも被控訴人は先川宅郎の支払うべき叙上電話の売渡担保設定後の通話料を合計二〇、三三三円立替支払しているけれども、それは別個の債権として右売得金より充当しない扱にしているからそれは右売得金による弁済充当の計算には算入されない)が、被控訴人は利息を前記約定利率で計算し、元金の弁済は受けたけれども利息の支払が未済であると主張し、先川に本件手形を返還しないものであることが認められる。(中略)他に右認定を動かすに足る資料はない。

右のように本件手形をもつて支払を確保されていた債務元利金は完済され、その裏書の原因が消滅したのであるから、その手形上の権利は裏書の趣旨から見て当然に裏人たる日宝商事株式会社に復帰し、被控訴人はその手残手形の形式的所持人資格を有するに過ぎないというべく、従つて振出人たる控訴人に対してもその手形上の権利を行使できないものである。

よつて被控訴人の請求は他の争点の判断をするまでもなく理由がなく、棄却すべきであるのに、これを認容した原判決は失当であるから、これを取消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用し、主文の通り判決する。

大阪高等裁判所第八民事部

裁判長判事 石 井 末 一

判事 小 西   勝

判事 中 島 孝 信

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